ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(214)
翌日、店が開き、お客が来たり洗濯物の配達が始まったりして、人の出入りが多くなった頃、店を出た。中古の背広を着、ネクタイを締め、首から大型の数珠を下げ、本門仏立宗の経典を手に神妙な顔をして、婆ちゃん(小笠原夫人、前章参照)について行った。
サンパウロの市内だが農業地帯だったビラ・マチルデの上田という農家に移った。同家も本門仏立宗の信徒だった。
家の前を車道が通っており、その内側が広いアルファッセ畑になっていた。
家人とは事件のことは何も話さず、毎日、畑に出た。そこには、もう一人、邦人の青年が働いていた。
数日後、一人の小柄な日本人がやって来て、畑で働く日高に声をかけ、雑談をしながら、
「何処から来たのか?」
とか…アレコレしつっこく訊く。
ヘンな奴だと思った。後日、これが「犬のタチバナだ」と知った。
このタチバナはDOPSの下働きをしていた。
戦勝派からは、犬とか下っ引きとか呼ばれ毛嫌いされていた。下っ引きとは、江戸時代の岡っ引きの手下のことである。
そのタチバナが立ち去って間もなく、黒塗りの車が道路を走ってきた。母屋の近くに停まり、背広姿の男たちが降りた。
日高は畑の中から、それを見ていた。
以下、日高談。
「警察だ! 逃げなくては大変、と一緒に働いていた青年に『怪しい奴が来たから逃げる』と…。本当は自分が怪しい奴なのに…(笑)
青年はわけが判らず目を白黒させていた。
ワシは持っていた農具を投げ出し、近くにあった小屋に走りこんだ。板壁の隙間から見ていると、刑事がその青年の傍までやってきて『今まで、お前と一緒だったジャポネースは何処に行ったか?』と聞いている様子。青年は『逃げた』という風に市街地のある方向を指さした。
が、刑事は小屋へユックリ近づいて来た。道路の方を見ると、もう一人の刑事が拳銃を片手に見張っている。
万事窮す。周囲を見回すと、小屋の壁の板が少し外れた所があった。その板を横に引っ張ると、動いた。隙間が出来たので身体を横にすると、抜け出ることができた。そばの草と雑木の陰に隠れた。刑事たちは引き上げて行った。
それからは母屋の傍の、洗濯物の干し場の向こう側の藪の中に、隠れて暮らした。
寒い時期だった。上田のカミさんが毛布を持ってきてくれた。洗濯物を干しに出るふりをして、むすびや水を運んでくれた。
藪の前の車道を時々、学校の生徒たちが騒ぎながら通る。もし中に入って来られたら…と、仏様に手を合わせた」
その日高を、小笠原の婆ちゃんが訪れた。さらに他所に潜伏中の吉田和則、北村新平と会う手筈を整えてくれた。
三人で会って再度の襲撃計画を立てた。
スザノに居った山下は、
「ある日、婆ちゃんが迎えにきてくれた。お~い、また、やるぞ、と。そうか、よし、やろう…」
と飛び出して行った。
蒸野太郎も探したが、居所がどうしても判らず、四人だけでやることにした。
その蒸野は。――
四月一日早朝、野村襲撃の後、それまで世話になっていたレストラン黒猫の店主由迫紋伍の処へ戻った。由迫が訊いた。
「やったか?」
「間違いなく、やった」
「富塚博の家へ行け」
用意してあった潜伏先を教えてくれた。(由迫、富塚の名は前章で出た)
そこへ行くとカミさんが注意した。
「イザ、という場合に備えて、部屋の窓を開けておきなさい」
ところが、その通りになった。警官がやってきたのである。窓から飛び出し、裏手の林の中に隠れた。拳銃と弾を持っていた。
夕方、顔も名前も知らぬ青年が、ポンと地図を持ってきてくれた。
行き先を決めず歩き出した。自分が何処を歩いているのか判らなかった。後からサンパウロの南隣りのジアデーマだと知った。
ここは、今は都市化しているが、当時は農業地帯だった。
雹が降ってきて雷が鳴った。無人の小屋があったので、そこへ入った。
雹も雷も遠ざかった頃、邦人のお爺さんが通りかかり、自分の家に連れて行ってくれた。
家に着くと、お婆さんに、
「若いノ連れてきた。飯やれ」
と言ってくれた。その時のご飯の味は、
「今も忘れられない。思わず合掌したほどだった」
という。
その農家で、一週間ほど作物の水かけをやった。
そのうち、息子という人がやってきて
「自分のトマテ畑に来て働いてくれ」
という。
場所はかなり遠くリオ・デ・ジャネイロ州との州境近くだったが、そこへ移って支柱用の竹伐りなどをした。(つづく)