site.title

ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(220)

2025年8月7日

 他所の土地でも似たような…つまり戦勝派による敗戦派襲撃を装った意趣返しではないか、と思われる事件が幾つかあった。当時を知る人は、

 「祭りの最中、花火がドンドンあがる。その最中、鉄砲を撃っても、聞いた方は花火と思う」

 と語っている。

 そして同じ十七日、平野植民地で歯科医の今井競(きそう)が、診察を求めて来た若い男に襲われた。

 椅子に座らせ診察しようとした時、短刀で腹部を刺された。

 その直後、男は逃げ今井が追った。が、外に待ち構えていた四名から拳銃で撃たれて昏倒した。入院、加療して命をとりとめた。 

 その今井の義弟の春名宏文が、二〇〇二年現在、カンポス・ド・ジョルドンに住んでいて、筆者に詳細を語ってくれた。が、

 「今井は敗戦派だったが、別段、何の活動もしていなかった。何故、襲撃されたのか判らない」と首を傾げていた。

 その疑問は後日、筆者が、前記の阿部牛太郎と話している時に解けた。阿部が、こう語ったのである。

 「事件の十年近く前、ワシの小学生時代のことになるが、遊び友達に、後藤敬士と佐久間一喜という二人の子供が居た。

 よく、木に登って小便飛ばしをして、遊んだものだ。

 その後、ワシの家族は別の土地へ転じた。

 後藤は平野植民地に移った。

 今井医師をやったのは、後藤と佐久間だ。何故、そんなことをしたのか、直接本人たちに訊く機会はなかったが、後藤のソグロの及川義夫が、

 『ワシが二人の前で、今井は戦勝派だったのに、簡単に敗戦派に変わってしまった。余りにも変わり身が早い。目を覚まさせてやらねばならない、と話したら、二人がやってしまった。唆した結果になったので自首して出た』

 と言っていた。

 及川は、長いこと刑務所に入っていた」

 ズッと後年、及川は刑務所を出た後、マウアに住む阿部を二、三度訪れ、事件のことを話したという。(マウア=サンパウロの東南部に隣接する市)

 同じ日に三件の事件が起った翌十八日、カフェランヂアから北東に六〇㌔ほど行った地点、ボルボレーマで、岩田篤冶という敗戦派が殺害された。

 襲撃者は最初、その兄を狙ったが、不在だったため、弟をヤッタ…とする説もある。兄も敗戦派だった。

 置き手紙が残されており「神風迅雷特攻隊」と記されていた。

 襲撃者は小野シンロウ、渡辺キュウサクということになっているが、詳細は不明。 

 同じ十八日。カフェランヂアの西隣りグァインベーの上塚第二植民地の産組理事長だった堀内藤次が射殺された。ただし、

 「産組といっても、小さな組合で、社会的影響力もなかった。堀内は敗戦派ではあったが、殺さねばならないほどの大物ではなかった」

 という説もある。

 襲撃者として桜井次郎、土屋栄吉、ほか数人の名が記録されているが、それ以上は不明。 

 このカフェランヂア界隈での事件も集中しており、襲撃者間に連絡があったことを想定させる。

 州執政官の説得、空転

 七月十九日。 

 日系社会の抗争に業を煮やしたサンパウロ州政府のマセード・ソアーレス執政官が、政庁へ各地から戦勝派の代表を招き「敗戦を認識、抗争を止めるよう」説得した。

 執政官とは既述したが、大統領が任命の首長のことである。

 森田芳一が通訳をしていた。

 出席した戦勝派は数百人で、殆どが臣道連盟員であった。といっても、連盟の本部支部の役員は四月一日事件の後、検挙され、その多くは未だ釈放されていなかったから、それ以外の人々であった。

 執政官の説得の後、参会者の中の五人が発言した。内、一人は三十歳くらいの女性で、ソロカバナ線アグードス(州のほぼ中央部)の大政幸子と名乗り、流暢なポルトガル語で、こう主張した。

 「私は大統領が言っても誰が言っても、日本が無条件降伏したなどとは絶対に信じません…(略)…真の日本を信じさせる一番良い方法は、ここに集まった人々の中から二人ぐらい選出して、飛行機で日本へ行き、実情を観てきて戴くことです」  ビリグイの鷹田(こもた)某は、

 「執政官閣下は我々日本人に対し、お前たちの祖国は敗北したのだ、負けたものは仕方ないから惑わず従前どおり働けと仰せられますが、我ら日本人は、それは絶対にできないのであります。勝ったと信じていればこそ、生きているのであります。働いているのであります」

 と叫ぶ様に言った。

 これには、会場から一斉に拍手が起こった。

 この「勝ったと信じていればこそ、生きているのであります。働いているのであります」という部分は、当時の戦勝派の心情を見事なほど適格に表現している。(つづく)


ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(219)前の記事 ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(219)ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(221)次の記事ブラジル日系社会=『百年の水流』(再改定版)=外山脩=(221)
Loading...