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ぶらじる俳壇=173=伊那宏撰

2026年4月10日

サンパウロ 林とみ代

慎ましき大和心の秋桜

 〔〈秋桜(コスモス)〉は多くの人に好かれる秋の草花。白、赤、ピンク。花言葉は「純潔・愛情」。少しの風にも揺れなんとするたおやかな風情が、皆に好かれる最大の特徴であろう。こういった特性は、清潔・淡泊などを好む日本人の心的特性と一致し、作者が女性であることから〈慎ましき大和心〉と言わしめたのである。これが男性であったら、おそらくこういった措辞は生まれてこないかも知れない。そういう意味で、本句は作者の心が反映されたとても麗しい一句になったのである。(因みに、ブラジルではよく見掛ける「黄(黄花)コスモス」があるが、これは同類異種。草に強さがあり、風情も乏しいので別の季語として扱われている)〕

パンタナルに集ふ色鳥湖を染めて

他愛なき友との会話爽やかに

サンパウロ 石井かず枝

人通り少なき道の秋ざくら

鉢植の黄色コスモス風にゆれ

見馴れない色鳥の群空かざり

モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子

色鳥の羽の舞来しわれの庭

香り葉の菜園あさる露払い

爽やかやカンポスの地の今日の吟

 〔この句からだけでは判明しないが、〈カンポスの地〉と言うのは、聖州東部にある高原都市として名高い「カンポス・ド・ジョルドン」のことであろうか。観光地でもあって、かつては結核療養所のある町として日本人には縁の深い土地でもあった。それゆえか名前の半分を略して「カンポス」と親しく呼ぶのが通例となっていた。本句はその地を訪れた作者の街中を散策された折の句であろう。ブラジルでは稀有な、日本のように四季を鮮明に感じ取ることの出来る場所である。高原独特の清涼な空気を満喫しながらの吟行は、さぞや素晴らしいご経験であったろう。詰語〈今日の吟〉の効用に見逃せないものがある。本句が活きいきとしているのである〕

イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑泰子

虹色の光を見せて芋の露

長き雨爽やかな日の待ち通し

長き雨山崩れをり秋出水

マナウス 大槻京子

エーアイの歌に聴きほれ月の秋

牛追や弓張月のわたりゆく

咲き満ちて幸せあたふ秋桜

セザリオ・ランジェ 井上人栄

風の日のコスモスしばし見てあかず

露しとど無人家多し村の道

コスモスや十年振りの生家かな

サンパウロ 山岡秋雄

コスモスや乙女の如きしなやかさ

爽やかな小女の声と母が往く

電線の常連客の露と鳩

サンタ・フェ・ドスール 富岡絹子

足濡らし子犬駆け来る露の芝

色鳥や蝶を凌駕す如く翔ぶ

爽やかな朝の空気に深呼吸

日本 三宅昭子

農道の風爽やかや今日始まる

コスモスや紺碧の空彩映えて

亡き母の好みし桔梗凛と咲く

イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑嵩

忍び寄る老のしるしや秋深む

はらと落ち土へ還る葉老の秋

ひと口の晩酌の友きぬかつぎ

サンパウロ 串間いつえ

匂い立つ瓦のほこり秋時雨

色鳥の鳴き渡る声悪しきとも

 〔色鳥は秋にやってくる色々の渡り鳥のことを言い、彩り鮮やかな鳥だけのことではない。もちろん美しい羽色をした鳥も沢山いるが、その名前からして混同してしまいやすいようである。この一句はその辺を充分心得ておられ、様々な色鳥たちの様々な鳴き声をグッと一つにまとめて描写されている。〈悪しきとも〉がどいう意味を持つか読む人により様々であろうが、筆者には「たとえ」という一語を隠して成立している句と思える。「たとえ悪しきとも」と意識して読むと句のポイントが絞られ、色鳥たちの鳴き声の特徴が把握される。この前句後句の接点(空間)の理解の仕方が読む人に委ねられているのである〕

爽やかな声や見知らぬ人なれど

サンパウロ 大野宏江

この病とって投げたし秋の空

秋晴に夢を叶えし旅に出る

爽やかに歌ふ児童や舞台上

サンパウロ 上村光代

二度となき記憶に残る渡り鳥

庭一面朝日を受けて露光る

朝早く賑やかに鳴く色鳥かな

麻州ファッチマ・ド・スール 那須千草

朝露を踏みつつ散歩生きるため

朝露の名残留めて庭の木々

椰子の木に金剛インコ羽休め

サンパウロ 伊藤きみ子

休耕田コスモス盛り農家魂

芋の露走りて逃げて空写し

鍬をおき畑の気配も爽やかで

サンパウロ 太田映子

秋館チェロとフルート風に乗り

秋彼岸お供えおはぎ母が見え

黄金の波がサワサワ稲の秋

瑠璃色の実をつけ庭に紫式部(別稿より)

大王椰子でんと胡坐をかいている(〃)

サンパウロ 谷岡よう子

瑠璃色に夜明け間近な初秋の空

プラタナス歩道にぬれて絵の様な

秋ととも老いは深さと教えられ

日本 園生萠

薄桃の暁染めし卯月かな

 〔卯月(うづき)、四月。日本では春、ブラジルでは秋となる。初登場の本句作者は日本にお住まいの方。三月から四月にかけて日本は桜の季節である。〈薄桃の暁〉とは夜明けの色を表しているのだろうが、そこはかとなく爛漫と咲く桜花の彩りを含ませて、春特有の朧なる夜明けの雰囲気を出している。勝れた感性が紡ぎだした流麗な仕上がりの裏には、大変工夫された痕跡が見られる。並々ならぬ作者の苦労がしのばれる一句である〕

悠久の時を宿せり碧の石

深海や闇に目覚むるエルバイト(パライバ トルマリン石)

ソロカバ 前田昌弘

夏草や髭ぼうぼうの仙人よ

丘に咲く向日葵海よりの風に耐え

とんぼうの目玉のような目をした子

渋団扇恋女房の渋っ面

ベレン 渡辺悦子

せかさるる事はもうなし暮早し

葱坊主揃う畑見ず主逝く

暮早し移住体験巡らせば

ベレン 岩永節子

野生物集うエデンや水中林

暮れ早し想い残して一日消す

刻み葱散らし整う夕餉かな

 〔どこかうら侘しさを感じさせる一句ではある。葱は鍋料理など準主役として使われるが、生葱を薬味として料理の補助的なものとして使うことも多い。生葱独特の香りを愛でる日本人の味覚が生んだ食文化は、見た目の豪華さよりも素朴な味わいを優先する。葱を刻んで鰹節をたっぷり混ぜ、醤油を注いで一品としたり、奴豆腐に添えたりする感覚は、肉食民族にはない勝れた特性と思う。〈刻み葱散らし整う夕餉〉とはまさに言い得て妙。こういう質素で素朴な俳句に出会うとなぜか心休まる思いがする〕

ベレン 鎌田ローザ

葱坊主アマゾン二世知らずなり

亡き父の丹精こめた葱畑

日本好み現地食タカカ葱いっぱい

ベレン 諸富香代子

暮れ早し雨ばかりとて静かなり

故郷や一文字作り懐かしむ

アマゾンよ西洋葱ですき焼きを

パラゴミナス 竹下澄子

生かされて感謝の日々や四月来る

短日や団地の灯り一斉に

アマゾンに筍増えて移民老ゆ

 〔世界の何処へ行っても筍(たけのこ)を野菜として食すのは日本人だけであった。日本人は筍の持つえぐ味を除去する術を心得た民族である――いつかそんな文章を読んだことがある。サンパウロ州を中心に入植した草創期の先達移民が、バンブー(竹)を食べるとて現地人から奇異に見られたという伝えもある。にも関わらず日本人の筍好きは廃れることはなかった。在来種の外に、日本からも優れた種類を入れて〝筍文化〟を普及させた。その恩恵は全伯に散る日本人の食生活を潤した。それはアマゾン地方も例外ではなかった。我々移民は老いて滅び行く存在ながら、筍を産み育てる竹林は、たとえ野生化しようとも今後増えこそすれ消滅することはない。人間と植物の宿命を対比した珍しい一句。作者の〝観る目〟の多様さを改めて感じた〕


読者文芸


あらくさ短歌会(3月)


重なりし夫への不満ぶちまけば羨ましきと寡婦の友言う 橋本孝子

日々思う衰えの増す老いの身を騙し騙して何処まで行ける 楠岡慶憲

我が庭のジャブチカバの木に久しぶり黄色い野生のカナリア来たり 足立有基

北の果て宗谷岬で写真撮る君はそばに来てわが手握りし 安中攻

いつの日か歌いたかりし恋の歌八十路半ばの夫が聞きくるる 金谷はるみ

そよ風にダリアの花が揺れている赤白黄色大輪小輪 松村滋樹

読みしものすぐに忘るる歳なれど読書中は心たのしき 梅崎喜明

我が孫は焼きそば会を手伝いに新しきこと覚えよろこぶ 足立富士子

朝市で昔馴染みの友に会い名が出ず「あんた」「あんた」と 篤常重

おとなりのバナナの木の間の日溜りに今日も丸々老いたる猫が 吉田五登恵

吾が歩む響き届くか小魚の群れなし寄り来て小池波立つ 矢野由美子

夕暮れて仕事がおわったビルの窓ため息まじりの明かりが灯る 水澤正年

月初め三月三日雛祭り思い出楽し微笑む家族 伊藤智恵


くろしお句会(3月)


菜園のマサカリ南瓜土の声 太田映子

満月の所為やも猫の家出かな 串間いつえ

入植地人行きし跡露しとど 伊藤きみ子

芋の葉に光る露玉おどり落ち 石井かず枝

南米にペガスス光る我ひとり 園生萠

爽やかやカンポスの地の今日の吟 浅海喜世子

紅色の光を見せて芋の露 山畑泰子

ひと口の晩酌の友きぬかつぎ 山畑嵩

牛追や弓張月のわたりゆく 大槻京子

無花果や食めばブツブツ種はじけ 井上人栄

コスモスや忍耐強き移民妻 林とみ代

ミナス路の日本祭りや笛太鼓 山岡秋雄

足濡らし子犬駆け来る露の芝 富岡絹子

草梅や昔を偲ぶお弁当 三宅昭子

この病とって投げたし秋の空 大野宏江

柿たわわ夕日を受けて紅色に 上村光代

朝露を踏みつつ散歩生きる為 那須千草


老壮の友(3月)


移住せし昔の耕地に学校なく少年の吾は野良で仕事す 梅崎嘉明

桜島よかとこ鹿児島うま名物のトンコツラーメン味のよかこと 野口民恵

川沿いのインジオ部落訪れし孫はいつしか娘(こ)と恋に落ち 小濃芳子

病みたれば人の優しさ身に染みるそして測れる人の痛みも 金藤泰子

大風に吹きとばされし山の蘭拾い集めて木々に還さむ 森川玲子

野池への再配線を頼めども早や二週間電気無しなり 足立有基

雨降りてジャブチカバの実鈴なりに孫らと共に大はしゃぎなり 足立富士子

人生は泣いた日もあり笑ったり喜び合ったり日々はさまざま 松村滋樹

早朝に美声で歌うベンチビー私の帰りを待ちわびいしごと 大志田良子

大正より令和を生きて移民史の生き証人なり百三歳君は 小池みさ子


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