ぶらじる俳壇=171=伊那宏撰
サンパウロ 石井かず枝
風の音窓のカーテン爽やかに
女性の日女らしさは美徳なり
〔「国際婦人デー」という記念日がある。別称「女性の日」。毎年3月8日がその日。すべての国で施行されているかどうかは知らない。かつては女性の地位が低く、あらゆる面で差別があった。男女平等とは名ばかり、現在でもその悪しき風習は是正されていない。女らしく男らしくという言葉は市井のレベルでは今でも生きている。しかし、社会の一員としての女性のパワーは目覚ましく、ある面男性を凌ぐほどだ。が、それは決して理想とするものではない、と女性の側からの声もある。〈女らしさは美徳なり〉男性を真に凌ぐ女性像として、捨ててはならない言葉かも知れない〕
細切りのりんごサラダに旨さ増す
麻州ファッチマ・ド・スール 那須千草
慰霊碑の周り清めて青葉陰
慰霊碑の名誉の除幕青葉陰
〔『麻州に松原移民入植七十周年を記念して慰霊碑を建立しました。入植した内の生き残りのただ一人の私が、除幕の名誉を担ってその勤めを果たしました。入植家族数は六十二家族』の一文が本句に添えられている。1956年マット・グロッソ州(現南マット・グロッソ州)ドラードス管内に開設された松原植民地入植70周年に建立された慰霊碑の除幕式に、当時入植された中のただお一人の生存者として、名誉の大任を果たされたという。1953年9歳で渡伯し、「松原移民」としてご両親と共に入植された作者は、戦後移住者の辿った道同様、恵まれつつもそれなりの辛酸多き道であったろうと推察される。まこと〈名誉を担って〉の大任であったに違いない。完成した立派な慰霊碑に込められた入植者たちの魂を、木々のしっとりとした青葉が包んでいるのが印象的だ)
恙なく式典すんで夏の雨
サンパウロ 大野宏江
墨の色硯に映る秋の空
この秋を皆と一緒に歳をとる
ひぐらしや抜け殻のやう認知症
マナウス 大槻京子
食はれける移民家屋や白の蟻
痛み無きひと日のうれし合歓の花
孤食てふ言葉もありや夜の秋
サンパウロ 串間いつえ
屋根の上にウルブー一羽今朝の秋
まだジャッカのなっている木や野路の秋
知らされし大会入選ホ句の秋
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑嵩
秋豪雨日毎の惨禍民忙し
洗ひ物乾く間も無き秋の雨
停電に夜長の雨のしめやかに
イタペセリカ・ダ・セーラ 山畑泰子
足壊し秋耕いまだ手につかず
秋出水引きてあらはるごみの山
枝落ちる音の響きて秋嵐
日本 三宅昭子
木々の色移り変はりて秋めく日
境内の一画鮮やか草紅葉
道端の花に散歩や秋の蝶
サンパウロ 林とみ代
母の忌の法要知らす秋の便
歴史ある国の誇りやカーニバル
豊満な肉体誇りサンバ踏む
サンパウロ 太田映子
透明に溢れる陽差し竹の春
風の道水面で揺れるひつじ草
茶柱にフットなごみぬ秋の夜
振り向けば秋の彩りついて来る(別稿より)
秋澄むや風の音にも色ありて(〃)
サンパウロ 馬場園かね
四週にピタリ収まり二月尽
〔どなたもご存じのように、二月は四年に一回の閏年を除けば28日と定められている。つまり四週間だけの月なのである。ところが、暦の配置を見ると、今年は月初めから月末の28日までそれぞれの曜日が仲良く四回、ズレることなく〈ピタリ〉と収まっている。このような配置になることは何年に一度か、或いは何十年に一度かで滅多にないことらしい。我が凡才の頭脳ではとても算出できない複雑さだが、こういう数字上の題材を俳句に取り込んだ作者の思い付きには、まさに〝膝ポン〟の思いである。〆には〈二月尽〉という願ってもない季語が置かれて一句がピタリ!と決まった。老練な〝即興詩人〟にも似た鮮やかな技である〕
街騒なき常の里山秋時雨
和太鼓の打ち手お出ましカルナバル
セザリオランジェ 井上人栄
カナブンにむんずと髪を掴まれて
アルマジロ横切る街道炎天下
白い牛目立っておりぬ夏の牧
サンタ・フェ・ド・スール 富岡絹子
ぐったりと残暑の庭に犬二匹
秋めくや虫の声無き街の夜
誕生日サンバを踊る夜長かな
モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子
山びこを聞けずに久し夏の原
国思ふひとの背中や雲の峰
家事多忙残暑疲れの置き土産
秋嵐エプスタインの事件かな(別稿より)
雑念を忘れて仰ぐ今の月(〃)
サンパウロ 山岡秋雄
残暑など何処吹く風ぞカルナバル
米国や暴れ馬化す午年に
今朝の秋ビタミンDを禿頭に
サンパウロ 上村光代
カルナバル家族集いてサンバ踏む
秋の庭手すり掴みて母散歩
朝早く庭一杯に露光る
サンパウロ 伊藤きみ子
日本病院木犀の香に癒されて
ルビー色指環にしたき柘榴の実
名月や縁に差し込む松の影
サンパウロ 谷岡よう子
電車揺れいっしょに揺れて初仕事
足速やに追い越す若さ夏の朝
〔若さとは素晴らしいものだとの実感を覚える句である。夏の朝の散歩をゆっくりと楽しみながら歩む老いどちの、若者たちの颯爽と走るような歩調を羨望する眼差しがありあり。ついつい己の齢を思い知らされるのである。遅足はもとよりこんな経験は老い人には日常的なことだが、しかし、朝の散歩は何にも替え難い健康維持のための運動。若さが〝特権〟ならば老いもまた特権、己の歩幅を自覚して無理のなき人生を謳歌したいもの。追い越されることによって得るものまた多し――である〕
カルナバル躍動去って夜の雨
日本 川村君恵
春日和友人達と待ち合わせ
木の芽吹き自然の強さや散歩道
春の朝目覚める一杯のコーヒーに
ヴィトリア 大内和美
立秋や忘れてならぬ上着持ち
残暑なか予定変更出来ぬまま
残暑かな出不精の妻連れ出して
ヴィトリア 藤井美智子
寄せ植えや色彩豊かな葉鶏頭
散歩道ひときわ目をひく桔梗かな
コオロギや大捕物の秋の朝
ベレン 岩永節子
牛の群れ追われ移動す増水季
慎ましき信者の努め四旬節
咳続く窓に明かりの夜更けまで
ベレン 鎌田ローザ
「ゴホッ」と咳生姜茶を飲み良しとする
四旬節朝あざやかに皆祈る
四旬節皆新しく涙する
ベレン 渡辺悦子
風邪流行る咳は奥部屋居間からも
誘われる風邪予防接種列長し
友来れば気になる咳も何処へやら
パラゴミナス 竹下澄子
女性の日高市総理誕生す
静寂を破る一瞬咳払い
咳の子をさする母の手愛満ちる
ベレン 諸富香代子
オリンピック冬に競いて旗を掲ぐ
咳しつつ楽しき会話二度おぼこ
四旬節されども我は異邦人
〔〈四旬節〉はカルナヴァル翌日の水曜日(クァルタ・デ・シンザ)から復活祭前日までを言い、信者らは主(しゅ)の受難を祈り肉食を控え、祝事を謹んで過ごす。郷に入らずんば郷に…の訓えで、私たち移住者の多くは異教徒でありながら、今も昔も養国への配慮から肉食の代わりに魚肉を食し、派手な慶事などは控えたりする。そして、異邦人(外国人)として異教に帰依しない自らを〈されども我は…〉と釈明しつつ、どこか肩身の狭い思いをしながら暮らしているのが現状であろうか。尚「異邦人(よそびと)」は広義には「外国人」の意であるが、狭義ではユダヤ教徒以外の人々のことを指し、彼らによって哀れみや蔑みを以って見られたという歴史がある。1942年に出版、邦訳されたアルベエル・カミュの小説『異邦人』以降に、日本では一般化した言葉と聞く〕
サンパウロ 吉田しのぶ
主絶え廃農となる柿若葉
家中を水浸しして豪雨去る
ドラム缶風呂も懐かし虫時雨
木蔭誌の名句繙く詩歌の日
九十の尼僧も侍る秋彼岸
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也
モジの町沈め名物柿紅葉
歳月や釣瓶落しの秋の暮
野牡丹の木陰に憩う修道女
〔夏から秋にかけて、特に海岸山系で見られる山マナカー(野牡丹)は馴染み深いが、それ以外の山野で見かける濃紫の花を咲かせるそれは、ずいぶん趣が違う同種類の木で、本句の〈野牡丹〉は後者のものであろうかと思う。四旬節頃、こんもりと茂るように枝々の先に小ぶりの花が房状に咲くので「クアレズマ」とも呼ばれる。それが修道院の庭先に咲いているのだろう、数人の修道女(尼僧)たちが木陰で楽しそうに憩い合っている。日和よき秋の或る昼下がり、お務めの合間の寸暇、彼女らが興ずる話題は何であろうか、と想像するだに和やかな気分にさせられる。〈野牡丹〉の語韻のやさしさと、神に仕える〈修道女〉の組み合わせが絶妙。俳句の本道に立ち返えり〝力み〟を抜いて詠じられた佳句〕
読者文芸
あらくさ短歌会(2月)
整理するつもりで開けたアルバムがつい懐かしく時を忘れる 楠岡慶憲
いつになく優しい言葉かけくれし子の帰りゆく後の淋しさ 吉田五登恵
人生は重荷背負いて遠路行く法話の後の気分爽快 安中攻
明治とは歴史の昔と思いしが瞬くうちに昭和も昔 矢野由美
もくもくと道走る人ひるまずにひたすら前へ疲れも見せず 足立有基
半世紀この国に住みカーニバル楽しむことなく昭和を生きる 金谷はるみ
アジサイの青白赤の様々に華麗な花に心休まる 松村滋樹
大雨と台風ごときの強風で傘役立たずびしょ濡れになり 足立富士子
アングラの浜に打ち寄すさざ波は世界平和を祈りいるがに 篤常重
雨が止みわずかに薄日射した空午後の3時を黄金の時に 水澤正年
雨降れど貯水池の水位上がらずに浸水騒ぎあちこちにあり 橋本孝子
そのかみのあの友この友遠ざかり吾も老いたり人生一夢 梅崎嘉明
早いものお休み終わり孫娘本を抱えてUSP(サンパウロ大学)の門へ 伊藤智恵
くろしお句会(2月)
女性の日女らしさは美徳なり 石井かず枝
墨の色硯に映る秋の空 大野宏江
孤食てふ言葉もありや夜の秋 大槻京子
知らされし大会入選ホ句の秋 串間いつえ
雨上りとんぼ群れ来て畑の中 山畑嵩
秋出水引きてあらはるごみの山 山畑泰子
慰霊碑の名誉の除幕青葉陰 那須千草
木々の色移り変はりて秋めく日 三宅昭子
歴史ある国の誇りやカーニバル 林とみ代
あと一句出来ず頬杖雲の峰 太田映子
寄せ返す潮に力の充ちて秋 馬場園かね
セラードの闇綻びて流れ星 井上人栄
ぐったりと残暑の庭に犬二匹 富岡絹子
残暑など何処吹く風ぞカルナバル 山岡秋雄
窓一杯開けて秋風誘ひけり 上村光代
日の盛り美味しい水の喉を越す 浅海喜世子
芋の葉の露らが踊る七色に 伊藤きみ子








