《記者コラム》ブラジル経済は良いのか悪いのか=世界2番目の高成長率と利上げ=ポピュリズムの罠にハマる?

ブラジルGDPは第2四半期に世界2位の高成長率
ブラジル経済は良いのか、悪いのか――。3日付ポデル360「ブラジルGDPは世界で2番目に高い成長率」(1)によれば、《ブラジルのGDP(国内総生産)は、2024年第2四半期に第1四半期と比較して世界で2番目に高い成長率を記録した。ブラジル経済は1・4%成長し、同時期に2・4%成長したペルーには及ばなかった。この調査はオースティン・レーティングによって実施された》とあり、多くの経済アナリストは成長率の上方見直しを迫られている。
一方、18日の中銀通貨政策委員会(Copom)で経済基本金利(SELIC)が全員一致で0・25%上げられ、10・75%になった。さらに上げる方向性まで示され、引き上げサイクルに入った。
中銀が金利を上げるということは、経済成長以上にインフレの心配が高まっていることを示す。なぜインフレ要因が強まっているのか。
2019年の4倍になったボルサ・ファミリア
エコノミストのフェルナンド・ウルリッチ(Fernando Ulrich)がユーチューブchに5日投稿した「Ué, mas o Brasil não ia quebrar? O que está acontecendo?(ブラジルは破綻するのでは?どうなっているんだ?)」(2)には、なぜブラジル経済が過熱気味なのかが分かりやすく説明されている。
いわく「パンデミック期を除外して考えれば、現在のブラジルは近代稀な財政的拡大期にある。莫大な政府支出がブラジルGDPを強引に押し上げている」とコンパクトに結論を述べる。
ブラジル経済を押し上げる一般的な要因は家庭消費の強さであり、それが近年回復傾向にあることは顕著だ。ブラジルの場合、家庭消費を支える原資を、連邦政府が貧困家庭に直接に注ぎ込んでいる部分が大きい。いわゆるバラマキだ。
連邦政府の投資でGDPを押し上げるのは不況時によく取られる政策だが、経常的にやり続けるとインフレ要因になる。現在は、成長を押し上げるための政府投資が極端に拡大している。

《図1》「連邦政府の総支出」にあるように現在、政府はGDPの20・4%に当たる金額を支出している。パンデミック期以外でこれに匹敵するのは2016年9月の不況期の20・3%が最高だ。ウルリッチは「あの時は不況だったが現在は違う。平時にこれをやる意味は大きく異なる」と強調する。
財務省は歳出上限法に変わる制限「アルカボウソ」を設定したが、そこから外れた例外支出がどんどん増える様相を呈しており、実際の政府支出総額は増える一方だということを示している。
ウルリッチは「支出増の大要因の一つは、明らかにボウサ・ファミリアだ」と指摘する。これは貧困家庭向けに子供の通学と引き換えに生活費を支援するプログラムで、国連からも賞賛されるなど、ブラジル版「貧困者向けベーシックインカム」のような制度だ。
これは元々2003年10月、ルーラ政権第一期の目玉政策として発表された。元は良かったが、ルーラ最大の票田である北東伯の貧困層へのバラマキ的な意味もあることが分かり、選挙対策として注目を浴びるようになった。だが《図2》「ボルサ・ファミリア」にある通り、ずっと連邦政府の支出に占める割合は2%程度だった。

ボルソナロ政権の初期にはパンデミック緊急支援金も行われたので、ボルサ・ファミリア自体は減額して1%ぐらいまで減った。だが同政権末期には、逆に選挙対策として「アウシリオ・ブラジル」に改名して増額を始めた。そこからルーラも刺激を受けて、ボルソナロ以上の増額を約束するなど、第3期政権を担ってから増額を続けた結果、22年から急増して、23年6月には政府支出の8%まで占めるようになり、現在でも7・4%という高い割合を維持している。

《図3》「金額ベースで見たボルサ・ファミリアの推移」で見ると、増額の現実が分かりやすい。パンデミック以前の2019年までは440億レアル(44Bi)程度だったのが、パンデミック期間中に緊急支援金などの為に一時的に減額され、その後、ボルソナロ時代の2022年に選挙対策として倍増、960億レアルに増額された。それがルーラ第3期政権の初年の23年にはなんと1730億レアルに倍増している。
つまり2019年の4倍の金額が現在、ボルサ・ファミリアとして貧困家庭に注がれている。それだけの政府支援が貧困層に直接に注入され、それが家庭消費に回って大幅にGDPを押し上げる効果になっている。

飢えた民に釣りを教えるのでなく、魚を与える政府の対処法
《図4》「プレカトーリオの支払いの推移」の興味深い動きを示している。プレカトーリオは、民間から政府が訴えられて敗訴して、裁判所から支払いを命じられた賠償金のことだ。ボルソナロ政権までは支払い先送りの傾向があり、どんどん累積していたが、第3次ルーラ政権からは一転、積極的に払うようになった。連邦政府の支出におけるプレカトーリオの支払いは2022年までは3~4%程度だったのが、23年後半から急激に上がり8%を超え、現在は6・9%で落ちついている。それでも以前の2倍だ。

《図5》「ボルサ・ファミリとプレカトーリオの支払い合計の推移」によれば、パンデミック中まで1千億レアル程度だったボルサ・ファミリアとプレカトーリオへの支払い合計が、現在では3500億レアルに激増している。これが、連邦政府から市民に直接に注入されている。ウルリッチは「これが家庭消費に刺激を与えている。これ自体が悪いわけではないが、連邦政府が市民に直接注入する政策がいつまで持続可能なのか、経済成長の質を考えた時に、これでいいのかという議論が必要」と提言する。
「あるべき経済成長」とは、企業が設備投資をして新商品の開発や生産性を上げ、労働者がより多く企業で働くことで給与として還元されて家庭消費が増え、それらの連鎖の結果として経済全体の国内総生産(GDP)が持続的に上昇することだ。本来政府には、民間がビジネスで儲けるサイクルを強めるための投資が求められている。
いわば「飢えた民に魚を与えるのでなく、釣り道具を支援して釣りの方法を教え、自分で釣るビジネスを始められるよう支援する」ことが求められている。この方法であれば、インフレ要因にならない。
連邦政府が貧困家庭に直接資本注入することで家庭消費を増やすことは、GDPを一時的に引き上げるが、インフレ要因となり、それが持続的な経済成長につながる保証はない。短期的にGDPを押し上げる政策のことを、ブラジルでは「近視眼的経済成長」とか「voo de galinha(鶏の羽ばたき)」と呼ぶ。
「このまま、もう数回の四半期成長を続けるだろうが」としつつもウルリッチは、「現在のような財政拡大政策は持続的ではない」を何度も繰り返す。「このままでは18日にSELICは上げざるを得ないだろう」と締めくくったが、その通りになった。
予想以上のGDP成長はインフレの過熱を示す
経済ジャーナリストのカルロス・アルベルト・サーネンベルギは19日付CBNラジオ「BC sinaliza que a economia está crescendo acima da capacidade(経済は能力を超えて成長していると中銀は示す)」(3)で、中銀の利上げ判断に関して、次のようにコメントした。《今の成長のままでは2026年初めにはインフレ目標を超えてしまうとの判断が行われた。もうインフレを抑えないと危ない段階にきた》《ガブリエル・ガリポロ新総裁を含めて、全員一致で利上げを決めたことも大事だ。(ボルソナロが選んだ中銀理事も、ルーラが選んだ理事も)みなが危ないと思っていることを示している》とコメントした。
さらに《このままではGDPは3%を超えて成長する可能性が現実的になった。「インフレを起こさずに成長」というブラジル経済の実力以上の成長だとみられ、それは過熱であるという判断だ》と解説した。金利が上がれば消費は抑えられる。今年はあと2回、通貨審議会があり、さらに利上げがある見通しだ。
20日付ヴァロール紙(4)は「2024年の基礎的財政赤字予想は283億レアルに減少、政府、今年のGDP成長率予測を2・54%から3・21%に引き上げ」との見出しで、次のように報じた。
《連邦政府は金曜日、今年の中央政府の基礎的財政赤字予想を288億レアルから283億レアルに修正した。この数字は、国庫、社会保障、中央銀行を考慮したものである。この数字は、計画・予算省が発表した今年第4四半期の歳入・歳出評価報告書(隔月)の一部である。2024年の目標は赤字ゼロで、国内総生産(GDP)比0・25ポイントの増減幅、288億レアルに相当する。今週金曜日に発表された新しい数字では、主要目標の下限に4億700万レアルのスペースがある》とある。
年金とボルサ・ファミリアが財政均衡に悪影響

2日付G1サイト記事「2025年予算:社会保障費(年金給付)と社会支援(ボルサ・ファミリアなど)給付の増加で財政バランスに懸念」(5)では支出増額が来年度予算に及ぼす悪影響について、次のように報じた。
《2025年予算で社会保障費(年金)と社会給付費(ボルサ・ファミミリア等)の増額が見込まれていることから、エコノミストや議会関係者の間で財政収支に対する懸念が広がっている。予算案は30日(金)に政府から議会に送付された。月曜日(2日)、経済チームは主なポイントを詳述した。年間の総支出上限は2024年と比べて1439億レアル増加した》とし、《社会保障給付費は昨年度予算に比べ711億レアル増加した。フェルナンド・ハダジ財務大臣自身はすでに、これらの費用を最低賃金から切り離す必要性を擁護している》となっている。
下院予算・金融監査コンサルティング部門(Conof)のパウロ・ビジョス氏とダイソン・ペレイラ・デ・アルメイダ氏が発表した技術調査によると、「25年の連邦政府の追加財政枠の大半は義務的経費に食われ、公共投資や資金提供などの裁量的経費を増やす余地は事実上なくなる」と8月8日付ヴァロール紙(6)が報じていた。
義務的経費の支出増加のうちでも年金支出は大きい。それは最低賃金に連動しているから、インフレ率以上に最賃引き上げにこだわるルーラ大統領の政治方針が足を引っ張る結果になっている。
だが、6月26日付アジェンシア・ブラジル「ルーラ氏、最低賃金引き上げ政策はアンタッチャブルだと語る」(7)の中で《大統領は、所得を分配し成長を刺激するために、GDPの増加がBPCや年金を含む最小限の調整に振り向けられることを保証する。「私は貧しい人々に調整を加えません」》と強調している。
ブラジルが民主主義である以上、大統領とその政党は次の選挙で勝たなければならない。選挙で勝つためには、短期的にばら撒いてでも任期の4年以内にわかりやすい成果を国民に実感させないといけない。そのためポピュリズム的な政策が幅を利かせる結果となる。
「成長の質」にこだわるならば、産業構造を変えたりするには中期的なビジョンや投資が必要だが、それでは選挙までに結果が出せない可能性がある。このポピュリズムの悪循環から抜け出すのは、かなり難しいだろう。(深)
(1)https://www.poder360.com.br/poder-economia/pib-do-brasil-tem-o-2o-maior-crescimento-no-mundo
(2)https://www.youtube.com/watch?v=u33RZ-3lqPU
(3)https://cbn.globo.com/podcasts/carlos-alberto-sardenberg-linha-aberta/