《記者コラム》始まっていた新ラヴァ・ジャット=両院議長と最高裁の水面下の戦い=稀に見るタフな交渉人が登場か

就任演説を見るに、稀に見るタフネゴシエーター(タフな交渉人)の下院議長が誕生したように見える。ウーゴ・モッタ氏だ。しかも上院議長は、2019年にあの百戦錬磨のヘナン・カリェイロス上議を蹴落として、42歳の若さで上院議長に就任したダビ・アルコルンブレ氏(47歳)だ。
前評判では、モッタ下院議長は「頭が良くて分別のある上品な白人青年」、アルコルンブレ上院議長の方は「自分は表に出ず、裏で根回しして水面下で物事を進める人物」というものだった。
だが就任演説を見ると、来年の大統領選に向けてラストスパートに入ったルーラ大統領の任期後半の2年間は、連邦議会とのやりとりに今まで以上に頭を悩まされそうだと思わされた。本紙4日付《下馬評通りの両院新議長=下院は史上最年少モッタ=アルコルンブレ上院復帰》(1)参照。
そもそもわずか35歳で、並み居る魑魅魍魎的な老練政治家の頂点、下院議長になったわけだから、ウーゴ・モッタ氏はただ者ではない。賞賛しているように読めるかもしれないが、正直言って、素直に褒めている訳ではない。
下院議長の就任演説の何がしたたかかといえば、「言葉を二重解釈させる計算高さ」だ。
モッタ氏は演説で、三権分立の重要性を強調した。「広場は常に三権のものであり、一つの権力や二つの権力のものではないことを忘れてはなりません。三権が揃わなければ、それは民主主義の広場ではありません。我々は皆、民主主義を守らなければなりません。なぜなら、民主主義がなければ、この本(憲法を手に持ちながら)はもはや憲法ではなく、文明でもなく、ただの紙切れであり、死文化した文字に過ぎなくなるからです。我々は憲法のために戦うのです!」と宣言した。
その際、軍政から民政に移管した象徴である88年憲法成立を宣言した制憲議会のウリッセス・ギマランエス議長が、憲法の本を両手で頭上に掲げたポーズを再現した。モッタ氏はさらに各権力は独立しつつ調和を保つ義務があると強調した。
さらにギマランエス氏が「独裁政権に対して憎悪と嫌悪感を抱いている」と宣言した演説の抜粋も引用した。これだけ見れば、まるで彼はリベラルな政治家なんだと誤解する人も多いのではないか。
そのように思わせつつも、彼がこのメッセージを投げた真の相手は最高裁だった。右派政治家は最高裁のことを「司法独裁」だと常々批判しているからだ。右派政治家らは「自分たちは数万、数十万という国民の投票によって選ばれているが、最高裁はただの公務員で、国民に選ばれていないのに3権の一部を形成して、連邦議会が決めた法案をたった一人で保留や停止にできるのはおかしい。司法独裁だ」と批判している。
つまり、モッタ氏が「憲法の為に戦う」「3権の調和」「独裁政権に憎悪」を訴えているのは、最高裁による司法独裁に異議を申し立てているという含みがある。
「私に予算透明化を求めるなら、貴方の分も」
最高裁判決のどの部分に不満を持っているかといえば、昨年後半から議員割当金(Emenda Parlamentar)の使途や地域、責任者を透明化すべしと迫ってきている点だ。かつて議員割当金は、どの議員がなんの案件で、どこにいくら政府予算を使途すると申請し、政府が承認して金を振り込むという段取りだった。
それが10年ほど前から、政府の承認なく、議会内で予算執行できる「秘密予算」などと言われる経費が膨らんだ。それが最高裁によって禁止されると、今度は、どの議員が申請して、どこの地域に、いくらという詳細がなくても議会内で議員割当金が執行される形になってきた。
それに対して最高裁が「透明化」を求める判断を出し、議会側がそれに反発して予算執行すると、予算凍結などで使えなくするというさや当てを繰り返してきた。特に昨年末、その対立が特に激しくなった。
モッタ氏は演説の中で、司法側にも平等に収支の透明性を高めるよう求めた。全ての権力機関が統合されたプラットフォームを構築し、すべての国民が収支をリアルタイムで監視できるようにすることを提案した。「透明性の問題では、不透明な部分や部分的な透明性があってはなりません。なぜなら、権力機関は平等であるという原則があるからだ」との論を展開した。
つまり、議会側だけに透明化を求めるのはおかしい。3権は平等で調和しているから、司法側も予算を透明化するべきだ。だから共通したプラットフォームを作って透明化するなら乗ってもいいと呼びかけた訳だ。
最高裁判事は頻繁に欧米などの司法フォーラムなどに招待されており、その旅費や講演料収入があると言われているが、いくらジャーナリストが質問しても明らかにしてこなかった。また、司法エリートがもらっている種々手当てを含めた高額所得は度々マスコミも問題にしている。
CNNブラジル3日付のコーナーでマル・ガスパール氏は《我々のことに口を出すな。お互いの権力に介入しようとするなら、我々は民主主義を守るために徹底的に戦うと言っている》(2)と演説を要約した。
もう一つの権力、政府に関してもマル・ガスパール氏は1月28日付で《現政権も政府クレジットカードの使途内容、誰が空軍機を使用しているかなどが適切に公表されていない。特にジャンジャ大統領夫人の活動をめぐる透明性が欠如している。ボルソナロ前政権が課した100年間の秘守義務を撤回するというルーラの選挙公約にもかかわらず、ジャンジャの日記や経費に関する情報提供の要求は、彼女が公職に就いていないという理由で拒否されている》などのキズを抱えている。
モッタ氏は「立法府は、司法や政府のいかなる特権も侵害したことはない」とし、88年憲法の精神によれば、連邦議会は本来、自分で予算を立てて執行する権限を持っているから、議員割当金は正当なシステムであり、政府に認可をもらって振り込みを待つ必要などないとの論陣をはり、今の議会は「憲法制定時の本来の姿」を取り戻したと主張した。
この考え方から連邦議会で「半大統領制(Semi-presidencialismo)」を再検討するという流れが出ている。議会内選挙で与党代表を首相として選んで行政を執行し、大統領は外交や国防などに権限を減らすというものだ。
昨年12月に始まった「新ラヴァ・ジャット」
このような連邦議会側の高いテンションの原因の一つは、連邦警察が12月10日に開始した「オーバークリーン作戦」がある。これは入札詐欺、公金不正流用、汚職、マネーロンダリングへの関与が疑われる犯罪組織の解体を目的とし、14億レアルを動かしていた疑いのある犯罪組織を摘発するために行った作戦だ(3)。
政府が民間部門からサービスを契約するための入札プロセスで不正を行ない14億レアルを横領したとの疑いにより、「ゴミ王(Rei do Lixo)」として知られるバイーア州出身のマルコス・モウラ容疑者の名前が明るみに出た。彼は12月11日に逮捕された。

24年12月19日付CNNブラジル記事(4)によれば、モウラ容疑者はなんとウニオン党の全国委員会メンバーだ。ウニオン党は下院で59人、上院で7人の連邦議員を抱える最大政党でセントロンの中核を形成し、アルコルンブレ上院議長が所属する。
モウラ氏は、市などの清掃事業の入札の際、談合して価格を水増し請求し、公的資金を横領する不正を主導した疑いがもたれている。連邦警察によれば、モウラ氏は同作戦で逮捕されたビジネスマンと州政府とつながりのある人物との橋渡し役を務めていた。
モウラ氏に関わる捜査は「オーバークリーン作戦」の1週間前、サルバドルからブラジリア行きのチャーター機内で連邦警察が150万レアルを押収したことから始まった。この便は「ゴミ王」によって手配された。押収された金は議員割当金から工面され、入札計画に関与した実業家への支払いに充てられる予定だったとみられている。

連邦警察は現金150万レアルに加え、契約や値段に関する情報を記したスプレッドシートも飛行機内で発見した。このシートによると、この計画はサンパウロやリオを含む少なくとも12の州に関係があり、疑わしい合意の総額は2億レアル以上だった。
この作戦で逮捕された15人の中には「ゴミ王」、ウニオン党のフランシスキーニョ・ナシメント市議がいたことで、連邦議会と最高裁との緊張状態が年末から非常に高まっていた。このナシメント容疑者は、エルマール・ナシメント下議(ウニオン)のいとこであり、逮捕時に22万レアル余りの現金が入った鞄を窓から投げ捨てたため、特に名前が知られることになった。
「ゴミ王」が関与するこの作戦は全国規模に及ぶ可能性があり、いずれアルコルンブレ上院議長にも捜査の手が伸びる可能性があるとの憶測まで広がったことから、捜査員らは「新ラヴァ・ジャット」と呼んでいるという。
昨年末に急展開したこの「新ラヴァ・ジャット」でブラジリア政界は高い緊張に包まれた中、2月の両院議長の選出を迎え、両院議長による言葉になった。
最高裁は〝伝言〟を受け取ったか?

2月1日に両院議長が共に圧倒的多数で選出され、共に議員割当金の現状システムを擁護し、最高裁を牽制する強いメッセージを発信した。
そのすぐ後の2日、本紙5日付《最高裁長官=両院議長に牽制発言=対話の重要性を強調=議会と緊張高まる中》(5)にある通り、最高裁のバローゾ長官が司法年度開始セッションで「まあ、落ち着いて話をしましょう」と割って入った形だ。
3日付フォーリャ紙(6)によれば、バローゾ長官は「入り口で誰かから『伝言は受け取ったか。その意味は分かっているか』と訊かれた。私にそんなことが起きたのは初めてだ。我々、三権の間ではそういう伝言はなしだ。直接的に、開かれたざっくばらんな会話を行う。それが我々の理解を助ける。時には対立もあるが、椅子に座って話し合い、違いを吸収していくのだ」と挨拶した。〝伝言〟とは連邦議会からの要求に違いない。
「三権分立の代表者が今ここにいる。ルーラ大統領は6千万票以上の支持を得て当選した。アルコルンブレ上院議長は81人中73票で当選、モッタ下院議長は513票中444票を獲得し、下院史上2番目の得票数を記録した。私は11票中、自分以外の10票で長官になった」「すべての民主主義国家は、その時々の政治的情熱に左右されないよう、国民投票によって選ばれたのではない公務員によって行使される権力の一部を留保していることを思い出してほしい」と選挙で選ばれていない公務員が3権の一角を占める理由を説明した。
同じ3日、バローゾ長官は「ゴミ王」捜査に関して、連邦警察が求めるフラヴィオ・ジノ最高裁判事の管轄にする件を退け、ヌネス・マルケス判事のままにすることを発表した。ジノ判事は議員割当金関連に厳しい判決を出すと定評がある。
5日付メトロポレス紙《「ゴミ王」作戦のターゲットは最高裁決定を祝う》(7)によれば、《連邦警察が最高裁に要請したように、この事件が最終的にフラヴィオ・ジノ判事の手に渡るのではと、ウニオン党指導者らは懸念していた。ジノ判事はヌネス・マルケス判事よりも厳罰を処す印象が強いという評価だった。マルケス判事はボルソナロ大統領によって任命されたこともあり、(右派に対し)比較的温厚な判事とみなされている》とある。実際、マルケス判事が指名した連邦地方裁判所の裁判官は「オーバークリーン作戦」の容疑者の一部を釈放している。
これが〝伝言〟への回答かどうか分からないが、議会側の過度な緊張がほぐれたと報道されている。連邦議会と最高裁が始まったことで「今後の政局」が見えてきた。そのキーワードには「議員割当金」「ゴミ王」「半大統領制」あたりが入りそうだ。(深)
(1)https://www.brasilnippou.com/2025/250204-111brasil.html
(2)https://cbn.globo.com/podcasts/malu-gaspar-conversa-de-politica/
(3)https://www.brasilnippou.com/2024/241212-19brasil.html
(4)https://www.cnnbrasil.com.br/politica/entenda-a-ligacao-do-rei-do-lixo-com-o-uniao-brasil/