《記者コラム》「バイデンがルーラ選挙を援助した」=マスクの問題発言が波紋呼ぶ=再び〝どんでん返し〟はあるか?

「バイデンがルーラを勝たせた」は本当か
最初に断っておくが、コラム子はボルソナロ氏にもルーラ氏にも期待していない。どちらも両極端で、鏡返しのような存在だと思っているからだ。ベクトルは異なるが、ポピュリズム重視という意味では同質だと考えている。ブラジルは本来もっと真ん中のどこかに行くべきだと思っている。そんなコラム子から見た現在の政治状況を解説したい。
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ジャーナリストのマル・ガルパールが12日付グローボサイトに《アメリカの「ディープ・ステート」がボルソナロに対抗してルーラ選挙を資金援助したとイーロン・マスクが発言》(2)という衝撃的なコラムを発表した。
米トランプ政権で政府効率化省長官を務める億万長者のイーロン・マスク氏はSNS「X」で、バイデン政権が22年のブラジル大統領選において、ボルソナロ前大統領に対抗するルーラ候補の勝利を資金援助したと発言して波紋を呼んでいる。

この発言は、共和党のマイク・リー上院議員(ユタ州)が水曜日に、ボルソナロ氏の3男エドゥアルド連邦下議(PL、自由党)と会談したことを受けて行われた。「もし米国政府がルーラを勝たせるためにボルソナロを敗北させたとしたら、あなたは気になりますか? 私は激怒するだろう。誰が私と同じ考えだ?」とリー米上院議員はXに投稿した。
この投稿は、ブラジル司法当局によりブロックされたアルゼンチンの右翼系アカウントが、「バイデン政権がUSAID(アメリカ国際開発庁)を通じてボルソナロに対する選挙不正を資金援助した」との情報を拡散したことを受けたものだった。もちろん、確たる証拠は提示されていない。
これに呼応してイーロン・マスク氏は「実際にアメリカの『ディープ・ステート』がそれを行った」とXで返信した。「ディープ・ステート」は〝影の政府〟とも呼ばれ、CIAやFBIなどアメリカ政府の一部が金融・産業界の上層部と協力して秘密ネットワークを組織し、選挙で選ばれた正当な米国政府の陰に隠れて、あるいはその内部に潜んで権力を行使する「隠れた政府」(国家の内部における国家)として機能しているとする考え方だ。
マスク氏の投稿に対し、リー上議は「これは本当に恐ろしいことだ。なぜ自国の政府が、アメリカ国民よりもマルクス主義を愛さなければならないのか?」と返した。それにエドゥアルド・ボルソナロ氏は感謝の投稿し、「今はアメリカにいるのでVPNを通す必要がない」と、米国保守との距離の近さを見せつけながら、「VPNを使ってブラジル内で禁止されたX投稿をみたら処罰される」としたモラエス最高裁判事を挑発するように書き加えた。
「バイデン政権によるルーラ選挙支援」に証拠はあるのか
USAIDは、1960年代のジョン・F・ケネディ政権下で設立され、2023年には約400億ドルを130カ国に提供した。NGOや国際機関、各国政府と協力し、幅広いプロジェクトを実施している。しかし、トランプはUSAIDの活動を90日間凍結し、公然と「政治的偏向がある」と非難した。彼の政権下でUSAIDを解体する方針を明確に示しており、マスクも「政府効率化省(DOGE)」トップとしてこれを支持している。
マスクのこの発言がなされたのは、エドゥアルド・ボルソナロ氏がワシントンを訪れ、トランプ派議員たちと会談した2日後のことだ。彼の訪問目的は、2022年のブラジル選挙におけるアメリカ介入を示す証拠を得ることで、ボルソナロ支持派が主張する「アメリカ政府によるルーラ支援」という推測の裏付けを探すことだった。
エドゥアルド氏の訪問は23年1月8日の首都3権施設襲撃事件の関係者に対する恩赦を推進する戦略の一環で、最終的には父ボルソナロ氏の選挙資格を回復させ、26年の大統領選出馬を可能にする狙いがある。
トランプ派やボルソナロ支持者が主張する「アメリカ介入」の例として挙げられるのは、ブラジルの選挙高等裁判所(TSE)がUSAIDの資金提供を受けた国際的なフェイクニュース対策研究に参加したことや、同庁が資金提供するNGOとの協力関係などだ。
昨年、マスクはすでに「2026年の選挙ではルーラは敗北する」と発言し、さらにブラジルの最高裁判所(STF)のアレシャンドレ・デ・モラエス判事に対して「戦争」を宣言した。その背景には、同判事がボルソナロ関連の捜査の一環としてSNSアカウントを削除する命令を出し、その命令を守らなかったXのブラジルにおける活動を一時停止させ、マスク氏は巨額の罰金を払って敗北した経緯がある。
マスクはそれに黙って引き下がる人物ではなさそうだ。今回の発言は、「アメリカ政府がルーラを支援した決定的な証拠」を探し続けるボルソナロ支持者たちをさらに刺激する可能性がある。
ランブルVSモラエス

さらに、本紙21日付《トランプ陣営がモラエス告訴=米国内での表現の自由侵害で》(3)で詳しく報じたように、米フロリダに本拠を構える動画共有プラットフォーム「ランブル」が19日、最高裁のアレシャンドレ・デ・モラエス判事を相手取り、米フロリダ州の連邦裁判所で訴訟を起こした。
この訴訟は、トランプ米大統領の広報活動を担当する「トランプ・メディア&テクノロジー・グループ(TMTG)」と共同で起こしたもので、モラエス判事がSNS上で右派グループに対する検閲を行い、言論抑制を試みたとして、同判事によるランブルユーザーのアカウント削除命令が米国において法的効力を持たないよう求めるものであると同日付G1サイト(4)などが報じた。
訴状によると、訴訟の根拠は、モラエス判事が多数の米国在住ユーザーのランブル上のアカウントを停止した措置にある。原告側は、この行為は米国憲法修正第1条に基づく表現の自由を侵害するとし、同判事の命令は米国内では無効であるべきだと主張している。
モラエス判事による検閲命令は米国の公共政策に反していると主張。米国の法制度における他国の司法命令を受け入れないという長年の法的枠組みに違反していると訴えている。ランブルがフロリダ州タンパに拠点を構えているため、同案件は米国の連邦裁判所で審理されるべきだとした。
これに対し、フルミネンセ連邦大学の憲法学教授、グスタヴォ・サンパイオ氏も、モラエス判事の決定はブラジル内では有効だが、米国内でその決定を承認するかどうかは米国の司法に依存すると説明している。
この訴訟は、ブラジル検察庁(PGR)がボルソナロ元大統領を含む34人をクーデター未遂に関与したとして告発した翌日に提起された。
これに関して左派親派のジャーナリストとして知られるマテウス・レイトン氏は、グローボサイトのコラムで《アレシャンドレ・デ・モラエスは最大の敗北を喫するかもしれない》(5)と、次のような弱気の発言をした。
《ブラジルの歴史的な局面において、極右指導者に対する訴追が目前に迫る中(同コラムは検察庁告訴直前)、アメリカの極右指導者がアレシャンドレ・デ・モラエスのイメージを損なおうとする動きを見せている。
トランプの企業とSNSプラットフォームは、(ブラジル最高裁の)命令に従うことがアメリカの法律に違反し、彼らがアメリカに本社を構えている以上、それは単なる政治的言論の検閲に過ぎないと主張している。
米国内の「表現の自由はどこまで許されるのか?」という長年の議論が、ブラジルの裁判官による規制と衝突する形で再燃した。モラエスは、この保守系SNS上で拡散される偽情報やフェイクニュースを理由に削除を命じた。
この対立は、フロリダ州タンパの連邦裁判所で争われる。アレシャンドレ・デ・モラエスは以前、SNS「X」のオーナーであり、現在トランプの主要な顧問の一人であるイーロン・マスクと対立し、多少のダメージを受けた経緯がある。
では「世界で最も強力な男」ドナルド・トランプとの対決ではどうなるのか? ブラジルでは「保安官」と称されるこの裁判官のキャリアに、実際に悪影響を与える可能性がある》と心配している。
〝どんでん返し〟を繰り返すブラジルの正義
だがモラエス判事はあくまで強気を貫く。21日付グローボは《モラエス判事、ブラジルでSNS「ランブル」停止を命令》(6)と真っ向から立ち向かう姿勢を見せている。このため、23日現在、ブラジル内のIPアドレスからアクセスできない。
判決文の抜粋によれば、《罰金の支払いを含む本訴訟で発せられたすべての裁判所命令が遵守され、国内で同社を代表する自然人または法人が裁判所に任命されるまで、国内における「ランブル社」の営業を即時、全面的かつ全面的に停止するよう命じる》と記されている。
モラエス判事はランブル社のプラットフォームに対し、弁護士を任命し、裁判所の判決に従う広範な権限を持つブラジルにおける同社の法定代理人が誰であるかを48時間以内に通知するよう決定した。もちろん、ブラジル内においてはどんなSNSもブラジルの法律に従う必要がある。
だが、ランブル側もバカではないだろう。以前、この手順でXは痛い目にあった。その愚を繰り返すとは思えない。
マル・ガスパール氏は13日付CBNラジオで《ボルソナロが検察庁から告訴されることは皆が予想してきた。だからそのタイミングに合わせて、今までいろいろな準備が行われてきた。それが今一気に出てきている》との見方をし、《ブラジルの歴史はいつもどんでん返しに彩られている》と今後の展開が予断を許さない状況であると分析した。

19日付アンタゴニスタ・サイト(7)は《「一連の有罪判決の無効化は最高裁への信頼を損なう」》との見出しで、反汚職NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル・ブラジル」は19日、連邦最高裁(STF)のアントニオ・トッフォリ判事が下した、ラバ・ジャト裁判でのアントニオ・パロッシ氏有罪判決取り消しを批判した。
この反汚職NGOはX投稿で「大規模汚職の容疑者(自白した者も含む)に対する数百件の有罪判決の相次ぐ無効化は、STFに対する社会の信頼を深刻に損なう」と述べ、新たな無効化は「クーデター容疑で告発された元大統領を裁くために裁判所が最大限の正当性を必要とするまさにその時に」起きたと強調した。
つまり「前大統領をクーデター容疑で裁く」というブラジルでは前例のない政治的な裁判を目の前にして、最高裁にはもっと国民から見た正当性と信頼性が必要とされる時に、ラヴァ・ジャット作戦での以前の有罪判決を次々に無効化するという〝どんでん返し〟を最高裁は行っている。そもそもその〝どんでん返し〟がなければ、ルーラ氏は選挙にも立候補できず、大統領にもなれなかった。
しかも、現最高裁長官は、23年6月に「我々はボルソナリズムを打破した」という明らかに偏った政治的な発言を左派集会でして波紋を呼んだルイス・ロベルト・バローゾ氏だ(8)。そしてモラエス判事にも、助手の会話音声が漏えいして「最高裁でのボルソナロ派人物捜査に管轄外の選挙高裁を利用した」(9)疑惑がスクープされている。
この20年を見ただけで、メンサロン事件当時のジョアキン・バルボーザ最高裁長官、テメル大統領を2度も告発した当時のロドリゴ・ジャノー検察庁長官、ラヴァ・ジャット作戦のセルジオ・モーロしかり、〝正義〟は一過性だと常々感じる。「今の最高裁に〝どんでん返し〟は起きない」と誰に言えるだろうか。(深)
(3)https://www.brasilnippou.com/2025/250221-16brasil.html
(6)https://g1.globo.com/politica/noticia/2025/02/21/rumble-bloqueio-brasil-stf.ghtml
(7)https://oantagonista.com.br/brasil/anulacao-em-serie-de-condenacoes-abala-confianca-no-stf/