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《記者コラム》軍政下迫害証人の2人=クーデター疑惑裁判傍聴

2025年3月27日

ヴラジミル氏とイルデガル氏が裁判を傍聴したと報じる25日付G1サイトの記事の一部
ヴラジミル氏とイルデガル氏が裁判を傍聴したと報じる25日付G1サイトの記事の一部

 最高裁第1小法廷で25日、22年大統領選後のクーデター計画疑惑で起訴された、「核心1」と呼ばれるグループの容疑者8人に対する起訴状受理の是非を問う審理が始まった。審理初日となるこの日、軍政下迫害被害者の故ヴラジミル・エルゾギ氏と故ズズ・アンジェル氏の遺族達が傍聴していたと報じる記事が出た。(1)
 軍政下迫害被害者遺族として傍聴席に着いたのは、ヴラジミル氏の息子イヴォ氏とズズ氏の娘イルデガルジ氏だ。
 ヴラジミル氏はテレビのクルトゥーラ局でディレクターを務めていたジャーナリストで、軍政下の1975年に事情聴取のために呼び出された後、消息を絶った。軍はその後、同氏は自殺したとしてベルトで首を吊ったかに見える写真も公開したが、この件については後日、同氏の足は床に届いており、自殺ではないことが判明。同氏の死は当局による拷問・迫害によるものと判明し、広く報じられた。同氏は18日に政治的恩赦を受けた。(2)(3)
 ズズ・アンジェル氏は正義を求めて軍事独裁政権と戦い、1971年に拷問を受けて殺された息子スチュアート氏の行方を突き止めたことで、国内外で有名になり、「勇敢な母」との呼称も与えられた人物だ。同氏は1976年にリオ市で交通事故に巻き込まれて亡くなったが、真相究明委員会によると、この事故は独裁政権が仕組んだものだったという。
 イヴォ氏やイルデガルジ氏が何を見、何を感じたかは報じられていないが、軍政下の迫害被害者の息子達がクーデター疑惑に関する審理を傍聴しに来たという事実は、歴史上の誤りを繰り返させてはならないという思いを感じさせる。
 他方、25日の審理で答弁を行った弁護士達は誰も、クーデター未遂があったことは否定せず、自分達の顧客(起訴対象者達)はクーデター計画には参加していないと論ずることに焦点を絞っていたという。(4)
 民政復帰40周年の記念すべき年に行われている審理で、誰もクーデター未遂があったことを否定しなかったということは何を意味するのか。民主主義の土台ともいえる選挙結果を受け入れず、クーデターを起こそうとしたのが事実なら、首謀者や追従者らは民主主義は40年足らずで壊されてよいものと考え、独裁を認めたことになる。
 ボルソナロ前大統領や元閣僚らも含む容疑者に関する審理であるため、25~26日の最高裁周辺の警備は通常以上に厳重で、前大統領支持者の議員達の一部は傍聴席に入ることを拒否された。
 民主主義は軍政独裁政権との戦いを経て国民の手に取り戻されたもので、民主主義法治国家として国際的にも認められているブラジルで起きたクーデター未遂事件の持つ意味は重い。

軍事独裁に反対するアルゼンチンでの追悼集会に100万人以上が参加と報じるニンジャの記事の一部
軍事独裁に反対するアルゼンチンでの追悼集会に100万人以上が参加と報じるニンジャの記事の一部

 被爆国日本では戦後80年となる今も原爆根絶を訴え続ける人がおり、戦争体験を語り継ぐ語り部も起こされている。ブラジルやアルゼンチンでは24日、軍事独裁政権下での活動家殺害隠蔽に謝罪するイベントや迫害犠牲者を追悼するイベントも開かれた。(5)(6)(7)(8)
 今年は軍政下で夫を失った妻を主役とする映画「アインダ・エストウ・アキ(Ainda Estou Aqui、I'm Still Here)」が国際的にも有名になったが、イヴォ氏やイルデガルジ氏の姿は、戦いを経て取り戻された民主主義の価値を伝え、軍事独裁という誤りを繰り返さないため、何が起きているのかを見守り、見極め、行動することの大切さを改めて教えてくれた。(み)

(1)https://g1.globo.com/politica/noticia/2025/03/25/parentes-de-vladimir-herzog-e-zuzu-angel-assistem-a-julgamento-sobre-bolsonaro-no-stf.ghtml

ヴラジミル氏の政治恩赦
(2)https://agenciabrasil.ebc.com.br/direitos-humanos/noticia/2025-03/governo-brasileiro-reconhece-vladmir-herzog-como-anistiado-politico 18日

(3)https://g1.globo.com/sp/sao-paulo/noticia/2025/03/18/governo-brasileiro-reconhece-vladimir-herzog-como-anistiado-politico-50-anos-apos-morte-pela-ditadura-militar.ghtml

弁護士達の答弁
(4)https://g1.globo.com/politica/blog/valdo-cruz/post/2025/03/25/defesas-nao-negam-tentativa-de-golpe-mas-ressaltam-que-seus-clientes-nao-participaram.ghtml

24日ブラジル
(5)http://brasilnippou.com/2025/250326-110brasil.html

24日アルゼンチン
(6)https://www.cartacapital.com.br/mundo/argentina-realiza-marcha-em-memoria-dos-49-anos-do-golpe-de-estado/ 24日

(7)https://agenciabrasil.ebc.com.br/direitos-humanos/noticia/2025-03/milhares-vao-ruas-na-argentina-no-dia-da-memoria-verdade-e-justica 24日

(8)https://midianinja.org/nunca-mais-mais-de-um-milhao-de-pessoas-marcharam-na-argentina-aos-49-anos-do-golpe-militar/ 25日


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