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癌組織を10秒で判定!=ブラジル人科学者が医療に革命

2025年11月12日

万華鏡2
リヴィア・エベルリン氏(左側写真の右)と「MasSpec Pen」を用いた手術の様子(右側写真)(Foto: Reprodução/instagram@liviaeberlin)

米ベイラー医科大学のブラジル人化学者、リヴィア・エベルリン氏が開発した「マススペック・ペン(MasSpec Pen)」は、手術中の組織が悪性か否かを10秒で判定できる画期的な装置だ。従来の術中診断に比べ、患者の負担や手術時間の短縮が期待されると11日付G1(1)が報じた。

同ペンはペン型の小型装置で、組織表面にある微量の水滴を使って分子情報を抽出し、質量分析装置で解析する仕組みを持つ。この解析により、健康な組織と癌組織で異なる「指紋」のようなパターンを迅速に判定できるため、外科医は手術中に腫瘍の切除範囲を正確に把握できる。従来の迅速凍結診断では20分〜1時間半かかっていた過程を、手術室内で数秒に短縮することが可能だ。

外科手術においては、腫瘍の切除境界を正確に把握することが課題の一つとされる。腫瘍細胞が周囲組織に浸潤している場合、過剰に切除すれば臓器や機能を損なう恐れがあり、逆に切除が不十分だと再発のリスクが高まる。

従来の術中迅速診断は、患者から採取した組織を冷凍後に薄くスライスし、顕微鏡で観察する方法であり、結果が出るまで患者は麻酔下に置かれ、必要に応じて追加切除が行われる。このプロセスは時間がかかる上、組織の凍結によって構造が歪むこともあるため、病理医でも安全な切除境界の判断が難しい場合がある。

同ペンはこの制約を克服し、手術室内でたった数秒で解析結果を得られるため、外科医は即座に追加切除の必要性を判断できる。肺癌手術においては切除範囲の判断が呼吸機能に直結するため、特に有効とされる。

サンパウロ市のアルベルト・アインシュタイン病院は、米国外で初めて同ペンを用いた臨床試験を実施している。24カ月間にわたり、肺癌および甲状腺癌患者60人を対象とし、手術中に得られた分子情報と病理診断を比較して正確性を検証する。米国医師会の学術誌「JAMA Surgery」に2023年に掲載された研究では、甲状腺および副甲状腺手術の100例以上で精度92%以上が確認され、健康組織の誤切除を避けることが可能であることが示された。今後は乳腺、肝臓、卵巣の腫瘍への応用も検討されており、実験室レベルで高精度が確認されている。

研究チームは同ペンを用いて腫瘍の免疫プロファイルの解析も目指している。腫瘍には「ホット」と呼ばれる免疫細胞が豊富なタイプと、「コールド」と呼ばれる免疫逃避型のタイプがあり、免疫療法などの治療方針を決定する上で重要な情報だ。

 同ペンは、腫瘍に存在する活性免疫細胞に関連する代謝物や脂質を解析することで、腫瘍の「免疫的温度」をリアルタイムで把握できる可能性がある。同院の免疫学・腫瘍学研究センター(CRIO)のケネス・ゴロブ所長は、「手術直後にこの情報が得られれば、治療計画を迅速に立てることが可能となる」と説明する。

同ペンの解析は、サーモ・フィッシャー・サイエンティフィック社の質量分析装置「Orbitrap240」によって行われる。この装置は長さ1メートル、重量数十キロに及ぶ大型機器で、ペンから送られた微量の分子をイオン化し、質量と電荷に基づいて分離・解析する。得られた分子パターンはAIソフトウェアによって既存の腫瘍データベースと照合され、診断が行われる。同社のジオニシオ・オットボーニ氏は、「質量分析は現代科学でも最も正確な手法の一つで、水滴の化学情報を信頼性の高い診断に変換する」と説明する。

同ペン開発者のエベルリン氏は、サンパウロ州カンピーナス出身。カンピーナス州立大学で化学を学び、米国パデュー大学で博士号を取得後、スタンフォード大学で任期付き研究員として従事した。現在はベイラー医科大学で研究チームを率い、自身のスタートアップ「MS Pen Technologies」を通じて商業化を目指す。

臨床試験の完了後は、米国食品医薬品局(FDA)およびブラジル国家衛生監督庁(ANVISA)への承認申請を計画している。エベルリン氏は、「ブラジルでも技術を導入したい。今回の研究は、技術が堅牢で再現性があり、異なる臨床環境でも適用可能であることを示す」と語り、科学的成果のみならず、ブラジルの科学が世界に通用する証明であることを強調した。


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