《記者コラム》口紅で落書きして懲役14年=「法服の下に人間の心がある」=フックス最高裁判事の忠告とは

陽極まれば陰に転じ、陰極まれば陽に転ずる――太極図(道教のシンボルマーク)は、物事が栄枯盛衰するパターンを象徴している。ある動きが時代の頂点を極めた時、すでにその中央部には次に隆盛する新しい動きの萌芽が生まれていることを示す。
ボルソナロ前大統領が今年中に有罪を宣告されることに、多くの国民は疑問を持っていない。であればアレシャンドレ・デ・モラエス最高裁判事は前のめりにならず、淡々と裁判を進めれば良いはず。最高裁判事の過半数は有罪判決を支持すると予想されるなか、なぜか「危ない橋を渡っている」ような危うさが漂っている。

それを象徴するのが、最高裁で3月26日、三権施設襲撃事件の際に最高裁前の「正義の像」に口紅で「Perdeu, mané(お前は負けた、バカ)」と落書きした女性美容師に関する裁判の件での、ルイス・フックス判事(72歳)の発言だ。
彼女に5万レアルの罰金と懲役14年を科す連邦検察庁(PGR)の告訴に賛成票を投じた報告官のモラエス判事(56歳)に反論して、「失敗は私たちの人間性を証明する。法服の下には人間の心がある。だから、私たちは反省の能力を持つ必要がある」と、ブラジル司法界どころか国際的にも注目を浴びている若き同僚を諭すように、そう審議延期を申し入れた理由を説明した件が波紋を呼んでいる。
一見すると「口紅で落書きしただけで14年の刑」と聞くと、厳しすぎる感じがする。実際、ボルソナロ派はそれを強く主張し、この件をクーデター疑惑裁判全体が厳しすぎるという証拠として広めている。罪自体は刑法に定められているが、量刑は裁判官の裁量であり、裁判官次第で変わりうるものだからだ。

26日付ベージャ誌(1)によれば、フックス判事は26日、ボルソナロ前大統領ら8人を訴えるPGRの告訴を受理するかどうかの公判2日目の審理で、モラエス判事に口紅事件に関してこう言った。
「私たちはすべての同僚の意見の独立性を完全に尊重する権利があるということを伝えます。私はこの判断を審議延期します。なぜなら、判断は裁判官次第だからです。そして裁判官は、それぞれの特定の事件に関して、自分の感受性や感情を考慮して判断を下します。私は時に、過剰な判断に遭遇したことを告白します。この理由から、アレシャンドレ判事、閣下に説明するために、私はこの事件の審議延期を要請しました。私は苦情をしっかりと受け取り、これらすべての問題をより深く掘り下げる必要があります」と遠回しに異議を唱えた。
さらに「裁判官はその人生において、常に自分の過ちと成功を反省しなければならないと思います。ジノ判事が強調したように、間違いは我々の人間性を証明します。法服の下には人間の心がある。ですから、私たちは反省する能力を持つ必要があるのです」と彼は強調した。
かみ砕いて言えば、老練な判事が「誰でも間違いは犯すもの。やり過ぎたと思ったら反省すればいい。この量刑は厳しすぎないか」と血気盛んな若い同僚のモラエス判事を諭しているようにコラム子には聞こえる。

それに対してモラエス判事はこう反論した。「私が強調してきたこと、そして今私がそれをより明確にしていることは、長い間兵舎内にいて軍事介入を求めた暴徒全体とともに侵入し、加害行為も行った被告の行為を、人々が壁の落書きと比較したがるのは馬鹿げているということだ」と正当化した。
加えて「量刑判定の問題、議論の問題…ザニン判事と私は、量刑判定の問題については多くの場合、見解の相違があった。しかし、事実の問題は―事実を認めなければならない。あそこでは、落書きだけではなかった。クーデター未遂への参加、収容所への滞在、他の人々との暴力的な侵攻、落書きなど、以前からの全現象があった。量刑判定の問題はその視点から分析されるべきだ」と重ねて論じた。
そもそも「Perdeu, mané」というフレーズは、ボルソナロ氏が大統領選で負けた直後、2022年11月に会議の為にニューヨークにいたルイス・ロベルト・バローゾ判事に対し、ボルソナロ支持派がホテル前で罵倒した際に反応して、彼が言い返したスラングだ。明らかに反ボルソナロ側に立ったセリフを、法曹界の人間が普段使わない言葉で表現したため、当時から大きな話題になり、1月8日事件の際には挑発的に使われたという文脈がある。
しかも、女性美容師が書いたのは「perdel , mané」という単語(L)が誤字の落書きであり、バローゾ判事がこの誤字を嘲笑したというおまけまでついた。
デボラ被告「その場の勢いで落書きしただけ」
落書きしたデボラ・ロドリゲス・ドス・サントス被告(39歳)はバイア州イレセ生まれ、事件当時はサンパウロ州パウリニア在住だった。連邦警察が2023年3月に開始した「レザ・パトリア作戦」の第8段階で逮捕されて以来、サンパウロ州リオ・クラロ女性刑務所に収監されいる。クーデター未遂、民主法制の暴力的廃止、限定的損害、重要文化財の劣化、武装犯罪組織の罪で刑事告訴されている。
27日付アジェンシア・ブラジル記事(2)によれば、デボラ容疑者は、暴動前日の2023年1月7日にパウリニアを出発してブラジリアに到着し、軍の介入を支持する抗議者が集まっていた軍の兵舎前に行き、そこにいたデモ隊と共に3権広場に行った。最高裁前の正義の像に落書きしたことを認め、「見知らぬ人にそそのかされて、その場の勢いで口紅を使って書いた」と供述した。
いわく「全く計画的ではありませんでした。私は善良な市民です。抗議活動に参加しましたが、これほど騒々しいとは思っていませんでした。バスで一人で行きました。その像を見たとき、その象徴的な価値については全く知りませんでした。私がそこに行ったとき、すでに誰かが落書きをしていました」と証言した。彼女は「私は最高裁の建物にも議会にも大統領府にも入らなかった。私はただあの広場(3権広場)にいただけ。ブラジリアに行ったことがなかったので写真を撮っていた。人生で違法なことは何もしていない」と語った。
彼女は法廷での証言で「私は民主法制国家に謝罪したかった。ここ(刑務所)にいることで、多くのことを思い返した。民主法制国家は私の行為によって傷つけられたが、私はそのような意図はなかった。これは単発的な事件であり、二度と繰り返すつもりはない」と語った。10歳と12歳の二人の男の子の母親でもある彼女は「自分の不在により子供たちが心理療法を受けている」とも語った。
28日付HojePR紙《モラエス判事、「お前は負けた、バカ」と書いた女性を電子足環付きで自宅軟禁に》(3)と報じた。フックス判事から忠告を受けた2日後の28日、モラエス判事は検察庁から新たに提出された意見書「裁判が行われるまでは、デボラ被告の予防拘禁を緩和すべき」との主張を受け取り、待遇を自宅軟禁に変更した。ただし、自宅軟禁中、デボラ氏は足首に電子足環を着け、SNSアクセス禁止、インタビュー禁止などの要件を遵守する必要がある。
「モラエス判事は本質的に度を越していた」

27日にCBNブラジル(4)で司法コメンテーターの法学者ヴァルテル・マエロヴィッチ氏は、モラエス判事の態度を次のように批判した。「(26日のボルロナロ前大統領らへの告訴を受理するかどうかの最高裁審理に関して)我々が受けた印象は、モラエス氏がすでに判決を準備していたというものだった。彼はいくつかの価値判断を下した。彼は、本質的な点については度を越していた。私は(ボルソナロ側を)弁護しているのではなく、専門的に検討しているのだ」
マエロヴィッチ氏は右派ではなく、むしろ反ボルソナロ発言が目立つ人物だ。だが司法専門家としての観点から、今回はモラエス判事の態度を批判している。26、27日に最高裁で行われた審理は、連邦検察庁が提出した前大統領ら8人の告訴状を受理するかどうかだけだった。有罪かどうかの審議は次の段階であるにも関わらず、報告官のモラエス判事は「すでに有罪」との価値判断をさまざまな場面で見せていたと批判している。
裁判の基本構図は「告発者(連邦検察庁)」対「被告(前大統領ら8人)という対立が基本で、それを中立的立場から裁くのが裁判官の役割だ。ところが、モラエス判事は裁判官でありながら「中立的」でない、告発者側の態度で審理に臨んでいたという批判をしている訳だ。
その象徴が、今回の審議でモラエス判事が1月8日事件の動画を編集したビデオを上映したことだ。26日付オ・グローボ紙(5)によれば、《前例がないわけではないが、公判中にビデオが上映されることは一般的ではなく、モラエス氏が訴状で提起された要素を強化し、2023年1月8日に発生した事件を想起させる戦略の一環である。クーデター攻撃の暴力を示すビデオが使用されたのは、STFで行われた最初の公判であった。このビデオはモラエス判事の事務所が制作したもので、大臣が選んだ動画を集めたものだ》とある。
26日付CNNブラジルは《(前大統領側)弁護団はセッションでモラエスが示した1月8日のビデオに異議を唱えることを検討》(6)と報じた。
いわく《このビデオには、2023年1月8日の過激派行為の映像が映し出されていた。この放送は、モラエス氏が攻撃の深刻さを示し、連邦検察庁(PGR)からの告訴を受ける方向に進んでいる自身の投票を正当化するための戦略だった》とある。さらには《ビデオが放送されるとすぐに、パネルの全体会議に出席してセッションを追っていた弁護士たちは、ビデオが事件記録に含まれないことから、チームを動員し始めた》と報じられている。
前述のマエロヴィッチ氏はCBNのコメントの中で《今回の審理で具体的な有罪の証拠を提示するのは、明らかにやり過ぎ。モラエス判事はすでに判決を決めていて、あとはそれを言うだけという態度を示してしまった。これはボルソナロの擁護をしている訳ではない。有罪を主張するのは検察官の仕事であり、裁判官がそれをやるのはおかしい》と明言した。
「モロの二の舞」という危ない橋を渡る?
記憶に新しいところでは「ヴァザ・ジャット事件」(7)もあった。ラヴァ・ジャット作戦の担当だったセルジオ・モロ連邦地方裁判事(当時)が、告発する側の検察庁特捜班の主任デウタン・ダラグノル氏の捜査を指揮している振る舞いがあったことが、ハッカーによる違法侵入で判明したメッセージアプリでの仲間内のやりとりから暴露され、大問題になった。
告発する側と癒着していたことが問題となり、中立であるはずの裁判官に「偏りがある」と最高裁で認定(8)され、モロ判決が次々にひっくり返り、ルーラ釈放に繋がった。不思議なことに違法な手段で入手した情報は通常の裁判では、証拠として認められないはずだが、この時はなぜか認められた。これを契機に、モロ氏もデルタン氏も司法界には居られなくなり、政界に進出するキッカケとなった。
モラエス判事に関しては、すでに24年8月16日付本紙《フォーリャ紙スクープ=モラエス氏判事が職権乱用?=第2のVZ報道疑惑と注目=「モロに学んでない」批判も》(9)のような職権乱用疑惑も出ている。
いわく《最高裁でのモラエス氏の右腕であるエアトン・ヴィエイラ判事は選挙高裁の専門家エドゥアルド・タリアフェロ氏に、ボルソナロ派出版物に関して「これらすべての詐欺雑誌をネットワーク上で抹殺する」ための調査を依頼する。翌日、タリアフェロ氏は「何もそれらしいことが書かれていない」「ジャーナリスティックな出版物」だったと言い、報告書に何を書くべきか尋ねた。ヴィエイラ氏は「創造力を働かせて(笑)」と答えたと報道され、マル・ガルパール氏は「モラエス判事はモロのヴァザ・ジャットに学んでいない」と批判した》とある。
火のない所に煙は立たない。ルーラ釈放という大どんでん返しが起きたこと自体、司法の信憑性が問われる由々しき事態だ。万が一にも、それを繰り返す事態は望まれないのでは。(深)
(4)https://cbn.globo.com/podcasts/walter-maierovitch-justica-e-cidadania/
(7)https://www.nikkeyshimbun.jp/2019/190611-21brasil.html